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2008年2月23日 (土)

ノロウィルスにやられたか?

いやはや参った。昨日は、ソウルから戻って、夜は東京でお付き合い。それぞれ、結構楽しくこなせたのだが、今朝起きると、腹の調子が最悪。吐き気はするし、酷い下痢だ。こんなに酷いのは、10数年前に生牡蠣にあたって以来のことだと思う。何しろ、体はだるくて何もする気がおきないというか、どうやら微熱もあるようだ。何が悪かったのだろうか。韓国でもそんなに目立ったものは食べなかったが、辛いキムチや、深夜に食べた麺類が合わなかったのか、はたまた昨夜、東京での料理のせいなのか。そういえば、寝る前に牛乳を温めてのんだけど、あれがいけなかったのかもしれない。女房に言わせると「それはきっとノロウィルスに感染したのよ。」という。夕方になってやっと少しは落ち着いてきたが、とにかく今日はゆっくり体を休めることに専念したい。

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2008年2月22日 (金)

ソウル、そして南大門・・・。

6年ぶりにソウルに来た。6年前も一泊しただけだし、今回もそうだ。したがって、この街のこと、もっと言えば、韓国のことも実はよく知らない。ソウルは韓国の約5千万人の内の五分の一が集中する1千万人の人口をかかえる大都市だ。21世紀にはいって、中国の上海をはじめとした沿岸部のいくつかの都市が目まぐるしい超近代化に突入する前は、間違いなくアジアでは東京に次ぐ近代都市であったに違いない。010 事実、6年ぶりにみるソウルも東京に負けじと超高層ビルがいくつも立ち並び、増殖したようだ。ソウルの真ん中を東西に突き抜ける大河「漢江(ハンガン)」に沿って走る片側四車線の道路からみる夜景は見事なばかりの輝きを発していた。

当然ながら、車の洪水で、昨日の郊外からの帰りの車も渋滞で参ったのだが、走っている車は99.99%が韓国車だ。昔ほど品質も悪くなさそうなで、それはそれで構わないのだけれど、世界中どこへ行っても日本車にお目にかかる時代に、この大都会では一台の日本車にもお目にかかれない。よほど、徹底したお国柄なのだろう。人口は東京と同じだが、狭い東京よりももっと狭くて、人口密度は約三倍だという。土地や、マンションも値が張るらしい。それでも、ソウルにいると何でも手に入るし、楽しみもあるとのことだが、日本と違って、地方の都市へ行っても何もないということらしい。011 日本でも韓流ブームが起こり、韓国でも日本の文化の持込が緩和され、次第に変化が起きているとはいえ、この国は、これからどういう独自性を発揮していくのだろうかと思う。次々と新興国に追い抜かれ、目の上のたんこぶである日本を追い抜くと言うこともどうやら難しそうだ。

つい最近燃えてしまった「南大門」の前に行ってみると、高い壁ですでに焼け跡は覆われており、さらに高いクレーンが二基、その中でその首をもたげていた。本当に韓国の人たちには気の毒な事件だったと思う。この国の人は、長い歴史の中で、物を言わないしんぼうを続けてきたのではないだろうか。012北朝鮮拉致だって、日本人の被害者の数なんて話にならないくらいいるし、このところ続いている中国製の農薬入りの冷凍食品事件だって、どうやら韓国の方が酷いらしいのだ。文句を言わずじっとこらえる国民性、その分、きっとプライドも強く、国に対するアイデンティティーだって日本人よりはるかに強いだろう。そんな、韓国人の愛した「南大門」が紛失した。悲しみは大きいに違いない。

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2008年2月17日 (日)

自由が丘の店

自由が丘というと若い人達にも人気のある街だが、大人にとっても楽しい店が沢山あて、やはりいい街だ。去年の6月に近くの深沢に引っ越してきてから、自由が丘の周りを歩き回ったり、また、休日には食事に出かけ、おいしくて、値段もまあまあ手ごろな店に出会えるのが最近の楽しみの一つになってきた。このあたりに住んでいると、休日に日本橋とか銀座あたりに足をのばそうと言う気持ちはしなくなる。自由が丘を特集したガイドブックも数冊買い込み、それなりに調べて、おいしそうな店に足をのばしてみても、「期待はずれ。」というのは三回に一回あるかどうかで、大抵は、満足できるものだ。それでも、やはり「ここには何度でも来てみたい。」という店となるとそうそう数が多いわけではない。女房とは、「この一年はできるだけ同じ店には行かないようにして、できるだけ新しい店にいこう。」と話しあっている。

昨日は、以前から一度行ってみようと女房と話あっていた、奥沢の方へ少し入ったところにある「嵯峨野亭」へ。地下の入り口を入るとなかなかしゃれた落ち着きのあるテーブル席へ案内された。ところが、一旦テーブルについたものの、ちょっと離れたところの先客が既にかなり盛り上がっていて、大きな声を上げていた。やや、その声にがっかりしたので、「すいません、向こうに移って良いですか」とお願いして、嵯峨野亭のフランス料理コーナーである「Flanelle」に移らせてもらった。こちらは、壁にさえぎられているからか、極めて静かな雰囲気であった上に、なんとピアノの弾き語りの最中。とりあえず、一番安いコースとワインのハーフボトルを注文、しばし、ピアノに聞き入った。途中休みを入れてのピアノの弾き語りは、なかなかのもので、坂本九の「見上げてごらん夜の星を」があったかと思うと、越路吹雪のシャンソンが続いたり、サイモン&ガーファンクル、カーペンターズ、その他映画音楽のテーマソングをずらり。女性だが、多分僕等と同じ世代のピアニストだったのだろう。高校生の頃によく聴いたメロディーを一度に沢山聞くことができ、安めのコースを食べ終わった後も、しばし聴き入っていた。「なんだか得した気分」というのはこういうのを言うのだろうと思えた食事だった。

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二日連続のジョギング

「所さんの目が点」という番組は、いつも日曜日に目が覚めた頃にやっている番組。今朝もチャンネルを回すと、今日の題材は「マラソン」。今日は「第二回東京マラソン」ということでのことだが、ネタ的には、シューズの話とか、目新しいものはなかったが、レギュラーで、いつもデブをからかわれる矢野氏が42.195kmを走りきっていたのにはやや感心。10時間以上を掛けての完走なので、東京マラソンの制限時間内はどうやら無理そうだが、それはそれでたいしたものだ。とりわけ、最初の1kmとかは、7分台でクリアしていたが、これは、昨日の僕のスピードよりも出いていることになる。

そんなわけで、昨日久しぶりに4km走ったので、今朝は無理をせず、ウォーキングにしておこうかと思っていたのだが、その番組に多少の刺激を受けて昨日と同じ格好をして今日も駒沢公園に出かけた。東京マラソンが開催されるからだろう、駒沢公園の人影、とりわけジョギングしている人の数がいちもより随分と少なげだ。いつもより二、三割は少ないだろうか。

それはともかく、やはりスタートしてみると、昨日よりは幾分か体が軽く感じられる。ほんと人間の体というのはよくできていて、鍛えれば、50才を過ぎた体でもすぐに効果があらわれるものだ。とはいえ、昨日走った分、足の筋肉が硬くなっているところもあるので、スピードの出しすぎは禁物、ゆっくり、ゆっくりをモットーに一周目をクリアして、二周目へ。ところが、二周目を三分の一程いったところで、結構息があがり始めた。やはり、矢野氏に刺激されて、自分としては抑えていたつもりでも最初のペースが出すぎていたのかもしれない。仕方なく、走りながら呼吸を整えることに集中してペースはスローダウンさせた。そんな感じで、昨日よりもくたくたになりながら二周目をフィニッシュ。記録は一周目が16分25秒、二周目が16分12秒だ。まだまだ、歩くようなスピードだが、それでも昨日の二周よりは二分近く早く走ることが出来た。この調子で毎日少しづつペースを上げていくことができれば・・・・ということなのだが、また明日からは仕事、しかも宴会続きとあっては、また来週の土曜日に再チャレンジということしかない。とにかくあせらずに続けられればいいのだが。

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2008年2月16日 (土)

ジョギング、今度は続くかな

昨夜も付き合いで酒を飲んだりしたので、今朝の目覚めもけして良いほうではなかったのだが、食事を済ませると、不思議となんだか走ってみたい気持ちになった。こんな日ってたまにあるのはなぜだろう。とにかく、上下のトレーニングウェアと手袋、それから毛糸の帽子をかぶって駒沢公園へ。

今朝も快晴! いつもと同じように、ジョギングやウォーキングを楽しんでいる人が多いこと。「ほんと、駒沢公園っていいよなぁ~。気持ち良いよなぁ~」と思いながら、無理をせずを第一に、歩くようなスピードでジョギングスタート。ほんと歩くようなスピードなので、前を行く早足のウォーキングする人にもなかなか簡単には追い付けない。逆に、軽快な足取りで掛けてくる足音がいくつも追い越していくので、自分のジョギングのスピードが恥ずかしくなったりもするのだが、とにかく、慌てず、ゆっくりとゆっくりと呼吸を整えながら走ることに。丁度、1000m走ったあたりに、先週見に来た梅の花の一角があったが、今週も未だ満開という感じではなさそうだと思いながら通り過ぎる。ちょっとしんどくなると、走りながら深呼吸を繰り返し、そんなこんなで、一周、約2000mをクリア。ここで止めようとおもったのだけれど、どういうわけか、もう少しはいけそうな気になって、そのまま二周目へ突入。スピードを上げると絶対に続かないので、あくまでもゆっくりとしたテンポを守りながら進む。しばらくすると、体の暑さが気になりはじめたので、手袋を外してみると、思ったとおり幾分か元気回復、もうしばらくは走れそうになった。やはり皮膚を晒した方が、呼吸が楽になるようだ。それからしばらく走ってから、今度は帽子を浅めにかぶりなおして耳を外気に晒してみると、これまた気持ちが良く感じられた。そんなこんなやりながら、なんとか二周目もクリアすることができた。タイムは、一周目が17分31秒、二周目が17分02秒。ほんとにスロースピードだが、やはり久しぶりに4000mを走れたのはうれしい。去年の秋にも、思いついたように走り始めてみて、「駒沢公園3周」を目標にしたのだが、あえなく挫折。さて、今回のジョギングは続けることができるだろうか。無理をせず、やってみよう。

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2008年2月11日 (月)

確定申告に悪戦苦闘

千葉県に住んでいる間も、横浜のマンションを賃貸に出していたので、毎年確定申告をやっていた。サラリーマンなので普段は給料天引きだし、基本的には会社が年末調整もやってくれるので、不動産所得、それも減価償却とかローン金利あたりを差し引くとマイナス所得となるので税金の還付が受けられるとなると、それなりに税金の仕組みを勉強してみて、自分で税務署に確定申告に行くことになる。一方で、税理士にわざわざ頼むのもばかばかしいので、毎年、自分でやると書き損じも含めてかなり労力のいる作業ではある。

それが、昨年は、いよいよ横浜のマンションを売り払ったこともあり、いつもの確定申告よりかなり複雑だ。分離課税なるものを別途に作成しておくことになるが、もっともバブルの時に買ったマンションなので、これまた大幅なマイナス所得となっているので実際に税金を納める必要はないことが分かった。どうやら居住用に住んでいたのなら、損益通産できて、そのマイナス分も税金の還付ができたようだが、賃貸に出していた関係上それは残念ながらできない。その他にも、賃貸費用としての減価償却分をどのように費用に計上するか等々、悪戦苦闘。やっと、下書き後、清書をして「やったー、終わったー。」と思ったら、やっぱり計算違いが見つかってがっくり。結局、明日、女房にもう一度申告書類を貰いに行ってもらうことになってしまった。午後からずっとやっていたのにガックリ。

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駒沢公園の梅の花

今日は朝からカメラを持って、久しぶりに駒沢公園に出かけた。この時期は渡り鳥の泣き声が耳に届く季節だが、バサバサという羽根音に気づいて大きな木を見上げると、尾の長さが20cm程度はある鳥が三羽くらい、枝渡りを繰り返している。なんという鳥なのだろう、尾は特徴的なのだが、なにせこのところすっかり衰えた視力では鳥の輪郭を捉えるくらいがやっとだ。さりとて、デジカメを取り出してみたところで、貧弱な望遠機能ではどうしようもないし、そもそも鳥のすばやさや敏感さをとらえるなんてことは到底素人ではできることではない。諦めて、また歩き出した。本当はジョギングというくらいに動きたいのだが、どうも体がそれを許さないくらいになってしまっている。

しばらく歩いて、駒沢公園のジョギングコースの一番北側あたりに来ると、一応、今日の被写体目標に決めていた梅の木の一群の前に。002 二週間ほど前に来たときに、僅かだが花をつけていたので、もう随分と咲いた頃ではないかと思って来てみた。紅白の梅の木が十数本。もうかなり花を咲かせていたが、やはりこのところの寒さ、特に雪が二週続けて降ったことなどもあってか、未だ満開というところまでは来ていなかった。桜のように華やかさはなく、どこかしら沈み込んだような色合いだ。周りの桜の木々は、未だに枝だけを晒して寒々とみえる。

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2008年2月10日 (日)

取手国際GC

三連休の中日、今年二度目のゴルフ、場所は取手国際GC。ここへ来たのは6~7年ぶりだが、36ホールあって、芝付きの良いゴルフ場だったなという印象があった。昨日の夜から東京は雪だったので、中止かなと思っていたら、7時にゴルフ場からわざわざ電話があって「こちらは雨でしたので、本日のプレーには全く支障がありません。」とのこと。なかなか気が利いている。到着してクラブハウスのドアをくぐると、最近ではめずらしく、支配人らしき人物と二人ほどで「ようこそいらっしゃいました。」と出迎えてくれた。

古いコースなので松林の成長は結構なものだが、ヘヤウェイは広々としていて、フラットだ。今日は東のインコースからスタート。キャディーさんに聞くと、「西コースの方が距離があって少し難しい。」とのことだ。確かに、レエギュラーティーからだとミドルは350ヤードくらいのがいくつかあるし、ロングは500ヤード弱ということで、全体の距離はやや物足りないくらいかもしれない。その代わり、ショートは160~180ヤードでグリーンもやや小さめで結構難しいようだ。キャディーさんもてきぱきとしていて、とても気持ちよくプレーできた。スコアも41、45の86だったので満足。

手押しのカートなので、盛夏は結構ハードかもしれないが、今年はこのゴルフ場でのプレーを楽しみたいと思った。

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2008年2月 9日 (土)

南紀白浜の海岸

先週の半ばから四国、大阪をまわってきて、今朝は、和歌山県、南紀白浜の温泉ホテルにいる。若い頃、堺に住んでいたことがあって、当時、仕事の関係で何度かこちらのほうへ来たことがあったので楽しみにしていた。泊まったホテルは「白良荘(しららそう)グランドホテル」。白浜海岸の一番端にあるホテルだが、老舗ということで10年ほど前にリニューアルしたそうで、なかなかいいホテルだ。なんといっても部屋から見える白浜海岸の風景が素晴らしい。小さな入り江という感じだが、白い砂浜に太平洋の澄み切った海の色が素敵だ。今は人気が全くないが、当然のことながら夏のシーズンには海水浴客でごったがえすらしい。遠くに見える水平線は先々週、中近東でずっとみていた砂地の地平線とは違ってはり心が休まる。ほんとに海はいい。昨夜聞いたところによると、この海岸の砂浜も時間がたつと砂がなくなるので、オーストラリアから何年かに一度は砂を運んでくるものらしいが。

温泉も、ぬるぬるした感じに、口にあたるとちょっと塩っぽかったりして、なかなかだ。これから、東京にかえるため飛行場にいくのだが、飛行場もホテルから15分のところにあると聞いてビックリ。ということは、羽田からここにくれば一時間ちょっとということ。東京からくるにも便利だし、一度ゆっくりと来てみることにしようと思う。いいところを見つけた。

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2008年2月 3日 (日)

雪景色を添えて

長期の出張でなまった体を少しでも立て直そうと思っていたのだが、目を覚ましてカーテンを開けると立派な雪景色だった。しかたなく、パジャマ姿のままでパソコンに向かって、中近東の出張レポートを書くことにした。宿泊先のホテルや、移動中の飛行機の中で多少は書きためてい001た物があったとはいえ、それらをまとめて整理していくだけでもそれなりに骨の折れる作業だ。しかし、今日中にまとめておかないと、来週は水曜日から四国・関西方面の出張になっているので、会社でやっている暇はない。ということで二時間あまりの格闘でなんとか完成したのだが、その出張報告を書いているうちに、訪問先でお世話になった人たちにお礼のメールも出さなきゃということに気が付いた。食事にお付き合い頂いた方々には、その場で撮った写真をそえて、それから、現地の現場建設についている方々には、今朝のベランダから撮った雪景色の写真をそえて、メールを配信。 以前であれば、なかなかお礼の手紙といっても数日後にしか着かないのでなかなか出す気にもならなかっただろうが、あれだけ遠くの地でも、日本と同じように挨拶ができるというのは素晴らしいことだ。それだけに、失礼がないようにしなくてはと思う。

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2008年2月 2日 (土)

中近東~カタール、UAE

大韓航空爆破事件で金賢姫が捕らえられたことでも記憶するバーレーンから飛行機に乗ってカタールのドーハに入った。ドーハといえば、サッカーの「ドーハの悲劇」をどうしても思い出す。さしてサッカーに思い入れのない僕にしてさえ、ロスタイムでのロングスローからの失点で同点に追いつかれてしまった時の、ゴン中山が「うそだろ~」ってな感じで崩れ落ちていった姿や、ラモスやカズが試合終了後ずっとグラウンドでへたり込んでいた姿が目に焼き付いている。日本人にとって、ドーハという都市はそんな苦い思い出の場所だ。そして、あの時のドーハのサッカースタジアムといえば、どこかの、それもかなりの田舎のサッカー場という印象があった。きっとドーハというのも砂漠の中のさびれた田舎町のように見えた。しかし、ドーハはその後、全く違う都市へと変化した。高層ビルが立ち並び、更に建設は続いている。015 中国で何度も見かけた「都市化」の光景だ。聞けばドーハの悲劇の時のスタジアムは今も残ってはいるらしいが、今では10万人を収容できる新しいスタジアムが完成しているらしい(ちなみに、カタールの出稼ぎ労働者や移民を含めた全人口が約100万人ということなので、1/10の人が見に行かないと満席にはならない勘定だ)。数年前にアジア大会を成功させていて、2016年はオリンピックの候補地に立候補しているとのこと。東京とのライバルなのだが、印象的にはやはりカタールなのだろう。

カタールは豊富な天然ガスが近年発見され、開発されて急激に大金持ちの国になった。これからは「ドバイを抜いてカタールだ」という人も多い。

続いて、アラブ首長国連邦、略してUAEの首都アブダビに到着。この国は七つの首長国から成り立っている国だ。その内で石油が採れて一番の金持ち首長国がアブダビ首長国ということで、UAEの首都にもなっている。022 比較的、古いビルもある中で、さすがに各国のVIPが立ち寄っては宿泊するというホテルとか、豪華な施設が立ち並ぶが、街並みはドーハに比べれば落ち着きもあって、緑も豊かだ。

アブダビに一泊した後、車を飛ばしてドバイへ。整備が行き届いた高速道路を行くが、ドバイに近づくと、風景は一変する。まず、超高層ビル群がいきなり目に飛び込んでくる。

ドバイ、一体全体この都市はどうなっているのだろうか。中国もすごいが、この町の建設ラッシュは一段と凄みを感じる。高さ世界一の800mを越すというドバイタワーもまさに建設中。ドバイ全体が、狂ったような開発状況だ。高層ビルの建設ラッシュとともに、高速道路、メトロすべての街づくりが一度気に進行中だ。世界中の建設用クレーンの16%、はたまた30%以上がこの街に集結しているといわれるらしいが、まんざら大げさな話でもなさそうだ。今のところ、120万人といわれる人口が、数年後には600万人から700万人になるだろうとも言われている。つい最近まで砂漠の中の小さかった街でしかなかったところが、まるでシュミレーションゲームを見るがごとく、形づくられていくさまは、驚きをはるかに超えて気違い沙汰だ。031 034 ドバイは、紀元前から交通の要所ではあったらしい。しかし、今特にドバイ首長国自体に石油が出るわけでもなく、聞けば、UAEで余ったオイルマネーが更なる投機機会を探してこのドバイに集まってきているということらしく、いわばバブル以外の何者でもない産物といえる。なんでも神田うのが、テレビ局を従えて有名な七つ星ホテルに来ているということらしいが、これからも日本からバカンスだ、買い物だとドバイへやってくるのが増えるだろう。また、THE DESERT CLASIC というPGA tour が丁度開催されていて、タイガーウッズ以下の超有名選手が参加しているらしかった。世界中が何かに取り付かれた様にこの街に飲み込まれていくのではないだろうか。環境破壊が著しい北京を訪れたとき「ここから世界が壊れていくようだ」と感じたが、ドバイを見ていると「ここから魔界に落ちていくのではなか。」という恐ろしさを感じた。

絵に描いたような「砂漠とバブル」を実感した旅となった。

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中近東~クエート、サウジ

子供のころからの中東のイメージは、砂漠とラクダ、それに石油だったが、やはり最近は急速な経済成長による都市化の進展だろう。世界でも貧しい部類に属していた国々が、石油やガスの発見によって、大金持ちの国家になってしまった。今回の人生はじめての中東への出張で、そうしたイメージをこの目でみて実感することができた。006

香港、ドバイをトランジットして、最初の訪問国、クエートに到着。空港から訪問先まで、延々と砂漠が続く。ところどころに、テントの集落や、ラクダそれから羊らしきものが見える。360度見渡す限りが水平線につながる砂漠色の中をまっすぐに突き抜ける自動車道を走る。単調な風景につられて一見平坦にも見えるが、遠くをみやるとそれなりの起伏がある道路。第一次湾岸戦争では、この道路をイラク軍の戦車が駆け上った。イメージ通りの中東の風景ではあるが、一番の思惑はずれは気温だった。001 「今が一番いい季節だ。」と出張前に言われて出かけてきたものの、ここまで気温が低いとは思わなかった。最高気温が20℃を下回る気温のなかでは肌寒ささえ感じる。つい先だって、サウジアラビアにも雪が降ったらしい。途中、パトリオットではないかと思われる装置が10台くらい設置されていた。方角的にはイランのようにも見えた。

クエートの訪問先を出て、その日の内に、バーレーンに到着。翌日、バーレーンから車でサウジアラビアに入国。サウジアラビアこそは、厳格なイスラム国家だ。なんだかんだいっても、その他のアラビア国家はイスラム教の厳格な規律に対しての妥協が見られるが、この国だけにはそれが少ないとのことだ。他の国では、女性もすっぽりと全身に黒装束をまとっていても、それなりに顔は見せたりしているが、サウジアラビアの女性は、目だけしか他人にはみせてはならないというイスラムの教えが徹底されている。車の運転も男性だけに許されているという。世界の石油の半分を産出している国だが、同時に実際には、人権侵害の最たる国なのだが、そこは政治的な配慮のようなものがあるに違いなく、この国に対する表立った批判は不思議と少ない。バーレーンから約10km、海に架かった橋をわたって、サウジアラビアにはいると何ともいえないり緊張感を覚えた。しかし、ここでもいくつかのブランドショップが目に付く。一体誰が行くのだろうかと思えなくもない。勿論、金持ちは王族をはじめいくらでもいるし、半端な金持ちでもないらしい。昔から砂漠で暮らしていたことに加えて、いきなり金持ちになったので、国民全体に勤労意欲がないというのが、一番のこの国の悩みでもあるらしい。石油がなくなったあとの国のことは心配で、今のうちに石油産業以外を育成しようとか、教育に力をいれようという思いは強いらしいが、いかんせん、金だけはあるので、必死に努力しようという国民性のようなものは全く育たないらしい。どうやら、この国以外の周辺諸国もそのあたりは似たりよったりのようで、外国からの出稼ぎ労働者や移民で持っているというのが事実だ。

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